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田舎へもどるのです、とその人はほほえみながら告げた。 「粗相をしました。――利き腕などなくしてしまいまして、これでは殿下をお守りできません」 「粗相などと……そなたはわたしを守ったのではないか!」 それにそなたはまだ剣を持っているのに、と言えば、これは単なる見せかけなのですと減らない口で返された。十以上も年のはなれた人間に口で勝とうと思う方がまちがいなのだが、彼は言い負かされることを好んでもいた――ただし、今は別だ。彼はなんとしてでも、彼女に、彼の騎士に行ってほしくはなかったので。 「では護衛でなくともかまわない。例えば……」 側室として、という言葉を、彼は寸前で飲み込んだ。彼はまだそんな年齢ではなかったし、なにより彼女の騎士としての誇りは、側室などという形ではあがなえない。どころか、良くてあわれみ、悪ければ侮辱ととられるだろう。軽蔑されることはさけたかった。 「……話し相手として」 考えたあげくに苦しい例えを挙げてみせると、彼女はおどろいたようにぱたぱたとまばたきを繰り返した。とたんに彼は自分が失敗したことに気づいたが、いまさら口から出してしまった言葉はもどしようがない。気づかれないよう、ぎり、と奥歯をかみしめた。 それでも冗談としては無難な例だったのだろう、彼女は気分を悪くしたふうもなく、くつくつと笑った。大抵の場合、彼は彼女の笑顔しか見たことがなかったが、やはり笑ってもらえればほっとした。 「わたくしを暇つぶしのお相手にお望みですか? ……わたくしなど、剣ばかりが能の、つまらぬ女でございますが」 ああ、やはりどうあっても彼女は行くつもりなのだと、彼はあらためて理解した。自分が、あるいは他のだれかが泣いて懇願したとしても、彼女の決意をひるがえすことなどできはしないだろう。 かたくなで、まっすぐな気性が好きだった。無理な願いや命令などで彼女を変えてしまうくらいならば、むしろ失う方こそを望んだ。 「もう参ります。殿下におかれましては、どうぞご健勝であらせられますように」 深々と一礼し、彼女はかたわらにおとなしくたたずんでいた馬に乗り上がろうとした。止めようと思ったわけではなかった。けれども彼は、気づくと彼女の袖をつかんでいた。 「殿下……?」 とまどったような、こまったような声を彼女はこぼした。彼はまだ袖をつかんで放さない――いや、むしろ袖というよりも、今はもうない彼女の腕を。 一度はとった手綱をふたたびもどし、彼女は残った方の手で、まだ幼いとさえ言える主君の肩を抱こうとしたようだった。しかしその手は、ふれるな、という断固とした彼のつぶやきで、行き場をなくした。 「ではせめて、約束してほしい」 なぜ自分はこんなにも幼いのだろうと、彼はその瞬間心から思った。もっと早くに生まれたかったと思うと、鼻の奥が痛み、目は熱くなった。 「もしもそなたが以前のそなたと変わらぬほどに強くなったら、その時は――」 「もどってまいりましょう。殿下のお為に」 ほとんど間を置かずに望む答えが与えられたことは、気にはならなかった。その程度の好意は持たれていると知っていたからだ。けれども思ったよりもずいぶんと近くから声が聞こえたことには、おどろいた。彼は思わず彼女を見上げようとしたが、できなかった。 「もどってまいりましょう……必ず」 ――繰り返した彼女のささやきがひどく力無く、ふるえていたから。 そうしてそのまま二人は言葉もなく、生きる場所を違えた。
遠国の使者がわずか目を見開いたことに、国王は気づいた。というよりも、その反応を期待していた。毎度毎度、ちがう国のちがう使者が訪れるたび、彼らのおどろいた顔を見ることが彼のささやかな楽しみだと言ってもいい。 |